日本の英語教育の現場では必ず教科書が配られます。教科書の中身はというと、LESSON1のテーマは現在完了形、LESSON2のテーマは現在完了進行形、といった具合に文法のテーマが決められています。登場人物らの対話や物語を読み解いていく過程でその文法を取り上げ、それを教師が説明します。一通りの説明・読解が終われば次のLESSONに進み、また新たな文法を学んでいきます。このように、日本の英語教育は教科書通りに進行していきます。

異文化コミュニケーション《日本語》 | 創価大学文学部

教科書を元に文法中心の授業を進めていくのには、やはり日本全国どの都道府県に住んでいても同じ学習内容の授業を受けさせなければならない、いわゆる「カリキュラム」が存在していることが理由に挙げられるでしょう。教師の裁量や好みで自由に授業が進められてしまうと、学校単位、クラス単位で全く違った学習内容になってしまいます。

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そうなると不公平や偏りが生じてしまいますし、統一の試験で学力を競わせること、評価することが難しくなります。そうなると、カリキュラムに忠実に従った教科書が作られ、それに沿った内容で授業が進められていくのはある意味仕方のないことだと言えます。しかし、この教育方針では一向に英語を話せる人間は増えていかないでしょう。

仙台 こども英会話

何故なら、英語を話せるようになるには、とにかく話すことが重要だからです。文法を学ぶことも大切でしょう。単語やイディオムを覚えることも重要でしょう。しかし、それだけでは今の大人の大半がそうであるように、「ある程度は読めるけど話せない」という状況に陥ってしまうのです。そもそも外国人が日本語について「読めるけど話せない」というのを聞いたことはありません。「読み・書き・計算」の能力を「識字」といい、それができない人々のことを「非識字者」と呼びます。

そして、世界には7億7600万人もの非識字者が存在すると言われています。非識字者であっても、もちろん言葉を話すことはできます。もっと驚くのは、文字を持たない少数民族が存在することです。これらの現状を見れば、文字というのは言葉が先にあって、後からついてくるものであることが分かります。それなのに、日本人は文字の部分だけで英語を学ぼうとしているのです。とても不自然です。言葉というものは話すものです。読み書きはその後です。その基本的なことを再認識して、新たな英語教育の方針を打ち立てていく必要があるでしょう。